世界にたった一人、私が書けなくなってしまったことを教えたくない人【神野藍】連載「揺蕩と偏愛」#17
神野藍 連載「揺蕩と偏愛」#17
◾️神さまのいたずら
私を突き放した神さまはいたずらに私とKを引き合わせた。些細な連絡事項がいつの間にか長い夜へと化けた。空白は溶け合って、いつの間にかどこかへ姿を消していた。
友達でも恋人でも、ましてや家族でもない。同志という言葉もしっくりこない。もはや名前をつける必要がないのかもしれない。定められた枠がなくとも、私の中にはちゃんとKが存在していて、向けられる期待を裏切りたくないと襟を正す。それは目の前で見られていなくてもだ。
窓から差し込む光を浴びたとき、私の夜は終わった。いつの間にか砂漠から抜け出して、原稿の前に座っていた。何も意識せずとも身体の中から音が湧いてくる。「ああ、やっぱり好きだな」と思った。私にとって日常であり、そして救済であった。
ふと視線をもうひとつの画面に移すと、何かが届いているようだった。開くと数枚の朝日に照らされた海の写真が目に入った。先程までの張り詰めていた糸がぷつんと途切れ、思わず目尻を細めてしまった。光が混じりあった海が、少し遠くの誰かを思わせた。
届いた写真を保存したあと、私はもう一度キーボードを叩き始めた。
文:神野藍
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✴︎目次✴︎
はじめに
#1 すべての始まり
#2 脱出
#3 初撮影
#4 女優としてのタイムリミット
#5 精子とアイスクリーム
#6 「ここから早く帰りたい」
#7 東京でのはじまり
#8 私の家族
#9 空虚な幸福
#10 「一生をかけて後悔させてやる」
#11 発作
#12 AV女優になった理由
#13 セックスを売り物にするということ
#14 20万でセックスさせてくれませんか
#15 AV女優の出口は何もない荒野だ
#16 後悔のない人生の作り方
#17 刻まれた傷たち
#18 出演契約書
#19 善意の皮を被った欲の怪物たち
#20 彼女の存在
#21 「かわいそう」のシンボル
#22 私が殺したものたち
#23 28錠1シート
#24 無為
#25 近寄る死の気配
#26 帰りたがっている場所
#27 私との約束
#28 読書について1
#29 読書について2
#30 孤独にならなかった
#31 人生の新陳代謝
#32 「私を忘れて、幸せになるな」
#33 戦闘宣言
#34 「自衛しろ」と言われても
#35 セックスドール
#36 言葉の代わりとなるもの
#37 雪とふるさと
#38 苦痛を換金する
#39 暗い森を歩く
#40 業
#41 四度目の誕生日
#42 私を私たらしめるもの
#43 ここじゃないどこかに行きたかった
#44 進むために止まる
#45 「好きだからしょうがなかったんだ」
#46 欲しいものの正体
#47 あの子は馬鹿だから
#48 言葉を前にして
#49 私をほどく
#50 あの頃の私へ
おわりに



